匠ブログ

意匠・機能・性能

前号で『意匠・機能・性能』という言葉を用いました。建築だけでなく一般に生産品を評価するときの基準が、この3つの要素です。

意匠とは、いわゆるデザインのことですが、本来デザインとは、広義にはこれら3要素の全てを包括的に設計 することを意味するので、この場合は狭義のデザインということになります。意匠は審美性にかかわる芸術的な要素だけでなく、歴史学的な要素も兼ね備えた人 文科学的なものです。

二つ目の機能とは、雨風を凌ぐ快適な空間を提供するといった、住宅に求められる基本的なことから、間取りや収納の配置など、生活の利便性に直接かかわってくることなどを意味し、社会科学的なものです。

そして三つ目の性能とは、耐久性、耐震性、防火性、断熱性などなど、客観的数値で評価することができる非常に自然科学的なものです。(平成12年に施行された『住宅品質の確保促進に関する法律(品確法)』は、この要素を高めることが目的の法律です。)

このようにこれらの三要素は、人類が生んだ学問の三体系と密接に関係しているのですが、そのなかでも建築物において最も重要なものはどれでしょうか?

答えは一つ目の意匠だと、私は考えています。意外に思われるかもしれません。3つの要素が高次元にバランスした建築物が、最も理想的なものに決まっているからです。

ところが、いざ家を建てるとなると、現実はそう理想どおりうまくいきません。なぜかというと、機能と性能 は、予算の制約を受けるからです。ある予算の範囲で家を建てるとすると、床面積や間取り、工法や建材など、機能と性能は必然的にある程度のレンジに絞り込 まれ、その中から選択せざるをえません。しかし、意匠の決定だけは常に白紙からスタートでき、自由に展開させることができます。

さらに、機能と性能はリノベーションすることにより、後々でも改善することが可能ですが、意匠だけは変更 することが難しく、一度建てられれば、取り壊されるまでその姿を社会に曝し続けることになります。前号まで、扉や窓の開口部が意匠を決定付ける、と説明し てきましたが、その開口部をリノベーションにより改善することは、他の二要素の改善に比べ非常に困難なのです。私がデザイナーとして意匠にこだわり続けて いるのは、「資産価値としてのサスティナビリティーは、意匠にあり」と確信しているからです。

あなたの家族にぴったりの間取り(機能)で、しかも高気密・高断熱、バリアフリー(性能)。でも外観は、 前オーナーのこだわりが表れ過ぎて周辺環境に異質(意匠)な中古住宅A。一方、現代の建築に匹敵する性能なんて全く期待できないけれども、グラバー邸のよ うにその街の風景にすっかり溶け込んでいるような中古住宅B。どちらも同じ価格で販売されていたとしたら、あなたはどちらを購入したいと思いますか?


デザイナー 小野清一郎 2012年8月1日 デザインについて一覧

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