匠ブログ

資産価値としての住宅

日本と欧米の住宅事情を比較すると、前者がスクラップ&ビルドを繰り返し、絶えず新築が求められるのに対し、後者では全く 逆で、古い建物ほどアンティークのように高い評価を受ける傾向にあります。アメリカでは、木造でも築50~60年の家なんて当たり前のように立ち並んでい ます。そして信じられないことですが、まだ「新しい家」として取引されています。100年経って、初めて「古い家」として認められるようです。「新しい 家」は、純粋な新築の家よりも高値で取引されているのが、現地の不動産売買の実態で、100年を超えた「古い家」は、さらにとてつもない高値がつき、庶民 にはとても手が出ない物件だったりします。

日本で昭和30年代に建てられた家は、果たして現在どのような状況でしょうか?

そこには悲しい現実があります。自動車に厳しい車検制度を設け、新車への買換えを促すの と同じように、住宅も減価償却させることで簿価を下げてしまい、中古住宅としての再販性を損ねて、取壊しと新築を促す。こうして日本は、住宅を「消費財」 扱いして内需の維持・拡大を図ることで、経済的に依存してきたのではないでしょうか。

もし日本の住宅が全て100年間維持されていれば、多くの国民は、親の世代が家を建て、子の世代は別荘を購入し、そして孫の世代はヨットやクルーザーを所有することができたはずです。まさにこうした資産の継承と人生の楽しみ方を、欧米の人々は実行しています。

「30年住めればよいから。」などと控えめに考えず、100年間維持でき、孫の代まで堂々と継承できるような家を建ててみてはいかがでしょうか。

上の画像は、横浜市山手町の『ブラフ18番館』です。大正末期、関東大震災後に建てら れた、外国人向けの一般住宅とされていますが、実は震災で被災した家屋の部材が利用されていることが発見され、震災前から建っていた建物の半壊部を修復し て使われ続けていたことが判明しました。最初の(オリジナルの)家がいつ竣工したかは記録がなく、いまだに不明ですが、少なくとも震災当日の1923年9 月1日以前であることに間違いはありません。横浜市により平成5年に現在地に移築されたので、その際と震災直後と、大規模な修繕をこれまでに二回受けたこ とになります。横浜市民にとり極めて幸運だったのは、歴代のオーナーが住宅を大切に扱う外国人だったことにほかなりません。どんなに古くなっても取り壊さ れず、修繕して利用し続けられてきた歴史が、市民にとって何ものにも代え難い大きな資産価値として継承されたのです。ブラフ18番館は、100年近く経て も、いまだに現役の家として立派に港町横浜・山手の風景の一部に溶け込んでいます。(※現在は『横浜市緑の協会』が管理し、一般公開されています。)


デザイナー 小野清一郎 2012年12月1日 デザインについて一覧

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